
※写真左から
Christoph Senn(セン・クリストフ):シニアAIエンジニア
Levin Lim(リン・レヴィン):チームマネージャー
Jerome Bosser(ボサー・ジェローム):技術研究統括兼テクニカルディレクター
Chia Chuan Chang(張 家銓):シニアAIエンジニア
「イノテック」とは?設立背景とビジョン
―レヴィンさん、ジェロームさんより、まずはイノテックの設立背景やビジョンについてお話しいただきたいと思います。
―まずは、お二人の役割についてご紹介をお願いします。
レヴィン: 私の役割は、チームマネージャーとしてチームが効率的に機能し、常にモチベーションを保てるようにすることです。
各プロジェクトの進捗を管理し、円滑に進めるように支援するとともに、部門を越えた連携を促進し、開発目標が会社の戦略的ビジョンと一致するよう調整しています。
自分の役割をよく「エンジンを滑らかに動かす潤滑油」と表現しています。目立つことはありませんが、チームの推進力や結束力、そしてパフォーマンスを裏側から支える存在だと考えています。
ジェローム: 私は技術研究統括兼イノテックのテクニカルディレクターとして、各プロジェクトの監督だけでなく、チームを進むべき方向へ明確に導くことを責務としています。
また、専門分野はAI(人工知能)ですので、新技術をいかにプロジェクトに活用できるかを精査する「番人」としての役割も担っています。
私の業務は大きく3つあります。1つ目は、ゲーム開発チームのニーズに対して最適なR&Dソリューションを提供すること。2つ目は、革新的な技術を見つけ推進すること。3つ目は、組織のマネジメント上の課題を解決することです。
これらすべてを遂行するためには、ゲーム開発チームとイノテックチームとの円滑なコミュニケーションが欠かせません。各ゲーム開発チームの文化や過去の取り組みを理解しつつ、複雑な技術的要素を分かりやすく伝えるといった、コミュニケーターとしての責務もあると自負しております。
―「イノテック」とはどのような役割を担う組織なのでしょうか?
レヴィン: イノテックは、社内に専任のR&Dチームが必要だという認識から、当時のCTOジュリアン・マーセロンによって設立されました。 ゲーム開発チームは研究に割けるリソースが限られており、その結果、社内技術が業界標準に遅れをとるケースもありました。イノテックはこの課題を解決するために、ゲーム開発チームの予算に縛られず、かつ彼らのニーズに密接に寄り添いながら、先端技術の研究を独立して行う組織として誕生しました。
2020年初頭には、当時チームが直面していた課題の解決と基盤強化を目的に、AIシニアエンジニアとしてジェローム・ボサーが加わりました。その後、彼は適切な人材の採用やプロジェクト・技術の選定を通じてイノテックを拡大し、現在はテクニカルディレクターとしてチーム全体を統括しています。
私たちは自律的に活動し、革新的な機能をプロトタイプとして開発、それをゲーム開発チームに提案します。提案が採用されたら、ゲーム開発チームと密に連携しながら技術導入を進めていきます。
イノテックチームは、少数精鋭で多様性に富んだR&Dエンジニアの集団です。次世代のゲーム開発者とプレイヤーにとって不可欠となる技術の開拓に取り組んでいます。現在は高度なグラフィックス技術や実用的な機械学習モデルに重点を置いて研究を進めており、過去にはブロックチェーンやクラウド技術の探索的な取り組みも行ってきました。
各エンジニアは高い自律性を持ち、1〜2件のプロジェクトを担当しながら、技術研究統括兼テクニカルディレクターであるジェロームが示す指針のもとで活動しています。この体制により、私たちは迅速に動き、大胆に実験し、インパクトのあるイノベーションを生み出すことが可能となっています。

ジェローム: イノテックでは、ゲーム制作現場に直接変革をもたらす独自技術の開発に注力しています。
私は、ゲームに対する深い知見、機械学習の高度な専門性、そして純粋な好奇心を持つ優秀なエンジニアたちを少数精鋭で集めました。このチームは現在、最先端のAI、高度なグラフィックス、プロシージャルコンテンツ生成などの分野で、独自のモデルやパイプラインを構築しています。
彼らの成果はすでにグループの主要なIPで成果を上げており、エンジニアそれぞれが自主性と責任を持って、プレイヤーに直接届く技術革新を推進しています。イノテックは単なる研究グループではなく、バンダイナムコグループを代表するIPの中核に革新的な技術を取り入れるための“触媒”です。
ゲーム開発に変革をもたらす、イノテックの最先端テクノロジー
―現在、イノテックが注力している技術分野や開発テーマは何でしょうか?
ジェローム: イノテックは現在、3つの主要なイノベーション領域に注力しています。
1つ目は、プレイ体験のイノベーションです。ゴースト/アバターシステムや新しいコンパニオンAIなど、プレイ体験の没入感を上げ、その人に特化した体験を提供する技術を開発しています。
2つ目は、制作ツールの高度化です。クリエイターがより速く、よりスマートに作業できるよう支援する、AI駆動型の先進的なツールを構築しています。現段階でバンダイナムコグループの複数のプロジェクトで導入されており、大規模タイトルの制作効率を高めています。
3つ目は、グラフィックスと物理表現の品質向上です。ニューラルレンダリング、超解像技術、AIによる物理エンジンなど、視覚的なリアリズムと表現力の限界を押し広げる技術開発を進めています。
これらの技術の多くは、すでにバンダイナムコグループを代表するIPに採用されており、研究段階にとどまらず、実際のゲーム開発においてもその価値が証明されています。
これら3つの領域を通じて、イノテックはプレイ体験とゲーム開発の両面に貢献し、バンダイナムコグループが業界をリードし続けることを支えています。
具体的な内容について、AI超解像技術を推進する張と、ニューラルレンダリングを推進するクリストフからお話しさせていただきます。

―それでは張さん、クリストフさん、イノテックでの取り組みの成果や、今後の挑戦について教えてください。
張: 簡単に言うと、私たちは機械学習エンジニアとして、ゲームの「パフォーマンス」、「ビジュアル」、「楽しさ」 を向上することを目標としています。
これまで取り組んできた技術をあげると、例えば、リアルタイム流体シミュレーションを実現するため、機械学習を用いてパーティクルシステムのパフォーマンスを上げました。
また、コンピュータビジョン技術を用いたAI超解像システムを開発し、既に20以上のプロジェクトで試験運用、あるいは実運用されています。
そのほか、RPGにおいて、NPCがより人間らしい振る舞いを実現する次世代AIタウンシステムの実装。さらに、地形生成、リアルタイム読み上げ/音声変換、AIアバター、LLMベースのNPCシステムなど、ゲームの未来の可能性を探るために、各ゲーム開発チーム向けに多数のPoC(概念実証)も制作しました。
これらの技術は長所と短所があるため、私たちはゲーム開発者と密に協力し、各タイトルに最適化した形で導入を進めています。
また、最新の研究動向も常に注視し、業界ではまだ実現されていないような体験をプレイヤーに届けることを目指しています。
クリストフ: 私が特に誇りに思っている取り組みの一つは、ニューラルネットワークを用いたソフトボディダイナミクスの研究です。
このプロジェクトの目的は、機械学習によって従来の物理演算よりも軽く、より複雑な変形をシミュレーションできるかを探る事でしたが、プロトタイプの構築とベンチマークを通じて、特定の用途において大幅なパフォーマンス向上が見られ、ゲームでリアルタイムに使える可能性を広げた結果となりました。
こういったプロジェクトは、イノテックチームで働く魅力そのものを体現していると思います。仮説を形にし、動くプロトタイプを作り、その可能性を検証できる環境があるという事です。
今後のチャレンジとしては、こうした革新的な技術をより多くの人に届け、実際の開発パイプラインに取り入れることです。また、他チームとの連携をさらに深め、R&Dの取り組みが現場のニーズやワークフローとしっかり結びつくようにしていきたいと考えています。

責任と創造性のある環境が生み出す、新たな技術と可能性
―イノテックチームはどのような方針や価値観を大切にして研究を行っているのでしょうか?
レヴィン: 先ほども述べたように、イノテックチームの各エンジニアは、自身の業務において高い裁量を持っています。
チーム全体としては共通の戦略方針に沿って活動しており、既存のツールやプロジェクトを支援するためにフォーカスを調整することもありますが、個々の探究の余地を確保することを常に重視しています。
メンバーは、自分自身がゲーム開発チームにとって有益だと考えるテーマについて、小規模な実験や研究を積極的に行うよう奨励されています。
このように、構造化された目標と創造的な自由のバランスが、私たちのイノベーションを支える重要な原動力となっています。
―そういった環境で生まれたイノテックの技術が実際のゲーム開発にどう活かされているのか、印象的だった事例を教えてください。
張: AI超解像システムは、ゲーム開発チームに広く採用されているイノテックの技術です。
元となる技術は革新的なものではありませんが、ゲーム開発者を巻き込むことで着実に改良を重ねてきました。
ゲーム開発の現場から得られた知見を基に、機能の改修やモデルのファインチューニング、さらには特定のタイトルに合わせた新規モデルの開発まで行いました。結果として、市場に存在する高価なソフトウェアと比べても、私達のツールが品質上優位性を保っています。
もう一つ印象深いプロジェクトは、RPG向けに開発したAI NPC/タウンシステムです。従来のルールベースの仕組みに依存せず、NPCがより人間らしく振る舞うことを可能にし、プレイヤーとの関わり方や没入感を大きく高めることができました。
検証で、まるで生きているかのようなNPCを実装した瞬間は、非常に胸が高鳴りましたね。
このプロジェクトを通じて、私たちはゲーム開発チームの現状や制約を理解しました。これからはイノテックの強みを活かせる領域を見極め、最終的にはプレイヤーにとって最高の体験を創り出したいと思います。
クリストフ: 自由に研究できることは、イノテックチームの大きな魅力のひとつです。リスクに見える研究領域でも、従来とは異なる作り方なら直感を信じて挑戦できる環境です。その信頼が、メンバーの主体性と創造性を育んでいると感じています。
また、チーム文化も非常にオープンで、誰のアイデアもきちんと耳を傾けてもらえますし、常に新しい可能性に挑戦することへのワクワク感があります。
印象深いプロジェクトのひとつは、ニューラルレンダリングに関する取り組みです。
機械学習を活用して、従来のレンダリングパイプラインの一部を高速化・強化できないかを探るもので、特に複雑なライティング効果をリアルタイムで描画するモデルの開発に取り組みました。
複数のアーキテクチャやデータセットを試しながら進める、挑戦的でありながら非常にやりがいのあるプロセスでした。
このプロジェクトが特に印象に残っている理由は、コンセプトから短期間で動くプロトタイプを開発し、他チームからも関心を集めたからです。また、ディープラーニング技術とグラフィックス分野の専門知識を組み合わせることの価値の高さを改めて実感しました。
私自身のアプローチとしては、まずは最小限の機能を持つバージョンを作り、徹底的にテストし、フィードバックをもとに改善を重ねていくスタイルです。
ジェローム: イノテックで働く魅力は、本格的な技術研究と、実際のゲーム開発への貢献が交差する点にあります。
メンバーは皆信頼されているので自由に大きなアイデアを追求できますが、研究成果を実際にゲーム開発者が使える形に落とし込むことも求められます。「自由」と「責任」のバランスがあるからこそ、自然とイノベーションが生まれ、やりがいを感じられる環境になっているのだと思います。
私は多少ユニークなキャリアを歩んできました。バンダイナムコスタジオに入社する前は、大手銀行で長年トレーダーとして働いており、市場分析するために初期のAI技術を使った技術研究を行っていました。一方で、8歳の頃からCやPascalを使ってゲームをプログラミングしており、当時はまだインターネットが普及していなかった時代でしたが、12歳の時には簡単な3Dエンジンまで作っていました。ですので、関連性のない業界からの転職でしたが、ゲームプログラミングは常に身近な存在でした。
バンダイナムコスタジオに入社した際は、シニアAIプログラマーとして『鉄拳8』の「ゴーストシステム」という非常にチャレンジングなプロジェクトに関わりました。システムを再構築し、最終的には、対戦中にリアルタイムで学習し、全プラットフォームでシームレスに動作するシステムを完成させました。
このプロジェクトは、私にとって非常に印象深い経験でした。「ゴーストシステム」の開発を通じて、リスキーなアイデアでも、適切な環境があればブレイクスルーにつながることを実感しました。私自身の成長にも繋がり、AIリードを経て、現在はイノテックの技術研究統括兼テクニカルディレクターとして活動しています。
これからは、今までに想像もつかないような可能性が広がっているので、チームの未来を楽しみにしています。
イノテックチームからのメッセージ
―ありがとうございました!
―それでは最後に、バンダイナムコスタジオのバリュー(Grow BNS:挑戦・自律・追求・共創)の中で、特に意識しているものや、日々の業務で大切にしている考え方などを教えてください。

クリストフ: 私が特に意識しているのは「自律」と「挑戦」です。自律があることで、独自に思考し、自発的な行動を取る余地が生まれます。そして挑戦は、慣れた領域にとどまらず、常に新しいことに取り組む姿勢を後押ししてくれます。この2つが組み合わさることで、自然とイノベーションが生まれやすく、取り組みに一層やりがいを感じられます。
張: イノテックは、最前線で活躍するゲーム開発者やプレイヤーと密接に連携し、必要なものを提供するだけでなく、時に不満にも耳を傾けながら、妥協のない未来の体験づくりに取り組んでいます。
チーム全体として、数多くの技術やプロジェクトを自由に挑戦できる環境を大切にしており、創造性を活かしながら試行錯誤を重ね、自分自身に納得できる品質の実現を目指しています。

レヴィン: 4つのバリューすべてが非常に重要ですが、あえて一つを選ぶとすれば「自律」だと思います。
ゲーム開発の厳しい制約の中で活動しているとはいえ、イノテックはその制約からある程度離れており、革新的な技術の研究やプロトタイピングを自由に取り組めます。メンバーが自分に合った働き方を選べるほど信頼され、形式にとらわれすぎず、本質的な業務に集中できる、なるべく働きやすく力を発揮できる環境づくりを目指しています。
ジェローム: イノテックにとって、バンダイナムコスタジオの4つのバリュー「挑戦」「自律」「追及」「共創」は、どれも非常に重要な価値観です。R&Dの本質には常に「挑戦」があり、未知の領域に挑み続けることが求められます。
ひとつ挙げるとすれば、私は「共創」を選びます。
「共創」は、制作スケジュールが厳しい現場においては、特に実現が難しいバリューでもあります。
R&Dが開発のボトルネックになるのではなく、むしろ加速させ、強化する役割を担うよう、私たちはゲーム開発チームと密に連携し、彼らのニーズに耳を傾けながら、現場のワークフローに適応する形で研究を進めています。これまで築いてきた信頼関係と協力体制には、特に誇りを感じています。
私にとって「共創」の精神がイノテックのすべての活動の土台になっています。つまり、イノベーションは「個」の成果ではなく、「全」で実現するものとして捉えています。
よって、本日来られなかったチームメンバーにも感謝の言葉を申し上げます。皆さんの尽力がなければここまでたどり着くことはできませんでした。今後また記事に取り上げる機会があれば、ぜひ紹介させてください。
それまでは、バンダイナムコグループの作品を通じて、イノテックがお届けする革新的な技術にご期待ください!
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