インタビュー

「サマーレッスン」ができるまで(前編)

開発エピソード第3弾では、VRキャラクターと過ごせる数々の「体験」を主軸に置いたVRコンテンツ『サマーレッスン』について、開発エピソードを前編/後編に分けてご紹介します。
『サマーレッスン』は、VR空間内のキャラクターとのコミュニケーションをとるという、新たな形のエンターテインメント体験ができるVRコンテンツです。


■大森 靖(おおもりやすし)
インタビュアー
バンダイナムコスタジオ 執行役員

大森: 本日は『サマーレッスン』について、お話を伺います。『サマーレッスン』は、バンダイナムコエンターテインメントの製品として、バンダイナムコスタジオが開発しています。キャッチーな製品ということもあって、色々なメディアでも取り上げていただいておりますが、この記事で初めて『サマーレッスン』を知る方もいらっしゃいますので、簡単に紹介していただけますか。

「ゲーム」ではなく、「体験する」コンテンツ。

玉置: 最初にお伝えしたいのは、「ゲーム」というより「体験」を主軸に置いたコンテンツである事です。キャラクターが近い位置で目の前に居るという体験、本当に目の前に誰かが居ると信じてしまう存在感と実在感を表現することに特化した体験をご提供するのが『サマーレッスン』です。

●玉置 絢(たまおき じゅん)
株式会社バンダイナムコエンターテインメント
『サマーレッスン』プロデューサー兼ディレクター。

大森: VRのコンテンツとして、キャラクター物は珍しいと思いますが、敢えてキャラクター物を選んだ理由はあるのですか?

玉置: 今後、他社さんがそれぞれの得意分野を活かしたVRコンテンツを出してくる事が予想できましたので、その中で勝負するなら、バンダイナムコグループも得意分野である人間のキャラクターと、3Dでの人体表現技術を推していくことが必要なのではないかと考えたからです。

大森: 皆さん、最初にこの企画の話を聞いた時の印象を伺わせていただけますか? 女の子のキャラクターに数十センチまで近づけるVRコンテンツ、前例の無い仕事だと思うのですが(笑)。

吉江: お話をいただいた時は、「可愛い女の子キャラの技術デモを作って欲しい」とだけ言われまして、製品ではない事もあり気楽に引き受けました。とは言え与えられた期間は二ヶ月のみとかなり短かったため、さてどう作ろうかなと頭を悩ませた事を覚えています。

山本: 近さに特化したコンテンツという着眼点が面白いなと。個人的には、広大な世界を体験できるコンテンツより魅力的に感じました。良いところを突いてきたなと思いましたが、何しろ未知の領域ですので、プログラマ的には大変でしたね。

●山本 治由(やまもと はるよし)
ソフトエンジニア/『サマーレッスン』リードプログラマー。

大森: 作業中に、酔ったりはしませんでしたか?

山本: すごく酔いました(笑)。特にデバッグ作業中は、酔いとの戦いでした。ただ、大変だったのは間違いないのですが、とにかく楽しかったので。そのおかげで、製品版では酔わないコンテンツに仕上がりましたし、苦労した事よりやり甲斐があって楽しかった、の方が強い印象として残っています。

森本: 自分は当初、実は反対の立場にいたのです。「リアルなキャラクターにギリギリまで近づく」と聞いたので、今の技術では、本当に感情を持った人間として見てもらえないのでは? と、非常に心配でした。

大森: それはいわゆる「不気味の谷」※1というやつですね?

※1:不気味の谷
人間に似せて作られたロボットなどが、人間に近づくほどに好感を持って受け入れられるが、ある一線を超えた瞬間に嫌悪感に変わってしまう現象の事。

森本: そうです。ハイエンドCGの技術が向上する度に話題になりますね。体験者に、「目の前に本当に女の子が居る」と信じ込ませるだけの表現を実現できるのかどうか不安でしたので、リアル寄りでは無く、ディフォルメしたキャラクターの方が受け入れられるのでは、とも考えていました。

大森: 『サマーレッスン』は「不気味の谷」を超えられているのかどうか、皆さんはどう考えていますか? 自分としても、そこにはっきりとした答えを出せていません。しかし間違いなく、不快感は全くありません。むしろ、まんざらでも無いと言いますか。

©Bandai Namco Entertainment Inc.

中西: 不気味かどうか……体験が楽しすぎてそんなこと気にする暇がなかったですね。

大森: なるほど。これが普通のゲームコンテンツならCG特有の不自然さなどを気にするところですが、それを忘れるほどに、体験時のインパクトが強いですね。

山本: 製作中は、不自然に思える箇所も多々有りました。例えば、セリフはとても生き生きした口調なのに、キャラクターの表情や仕草がそれに見合っていない、など。そういった箇所をコツコツ直していった結果、少なくとも不気味に感じられないキャラクターに仕上がっていると思います。

中西: 細かい仕草や動作も丁寧に仕上げて行くに従って、不自然さは解消されていきましたね。目が合う、なども効果的だったと思います。

大森: 確かに、キャラクターと目が合うのは大きいですね。同じ空間にいるという実感を非常に強く得られます。キャラクターの造形などはむしろ直球勝負の印象もありますが、狙っていたところなのでしょうか?

吉江: はい、基本的にキャラクターのデザインやモデリングは直球勝負を目指しました。でも、ただ単にリアルさを追求すると、先ほどお話に出た「不気味の谷」に突入することが予想されましたので、少しマイルドな2次元寄りの方向性で造形を行い、その谷を避けました。

●吉江 秀郎(よしえ ひでお)
ビジュアルデザイナー/『サマーレッスン』アートディレクター。

松本: キャラクターの造形については、アニメ調からフォトリアリティまで、どの辺りに狙いをつけるのがベストなのか、開発初期からメンバー間で議論を重ねました。吉江さんがそれぞれの意見を汲み上げて今の形に落ち着いたのだと思います。

吉江: 強いて言うなら「サマーレッスン風」とでも言いましょうか。『鉄拳』や『ソウルキャリバー』シリーズなどでも受け入れられている、リアルさを重視しているけれど、そこに寄りすぎていない良い加減を目指しています。リアリティも大事ですが、何よりキャラクターが魅力的に見えなければ意味がありません。

玉置: 人間に見える、はクリアできていても、可愛くなければ魅力はないですからね。人間に見えるかどうか、と同じくらいの労力を、可愛く見えるかどうかに費やしてもらいました。

山本: モデル製作から始まってアニメーションを付けて、ライティングまで進めたけれど、そこまで行ったのに一旦巻き戻って修正……を何度繰り返したか覚えていないくらいですね。

玉置: 可愛く見えない、とまでは言いませんが、実際の人間と比較するとなぜか感じる違和感の原因がどこにあるのかもわからないので、何か修正を入れるとなった時の巻き戻りを大きくせざるを得ないときもありました……。

大森: ライティングの話が出ましたが、何か特殊な技術を使っているのですか?

吉江: 特殊な技術は使っておりません。描画品質にCPUリソースを最大限割くために、キャラクター用のライトは一灯しか用意しておらず、ライティングは苦労しましたね。例えばキャラクターの左右の向きに合わせて別々のライトを設定したかったのですが、そういった手段は取りませんでした。

大森: 実際の人間だって、良く見えるアングルとそうでないアングルがありますからね(笑)。

吉江: VRに限らず、プレイヤーが女の子キャラに求めるのはどこから見ても可愛い事ですから、それを限られた時間とコストの中で表現するのは本当に大変でした。VRで可愛い女の子キャラを作るには、途方も無い労力を必要とする事がよくわかりました(笑)。

大森: 背景や部屋の中のオブジェクトなどはリアルに作り込まれていますよね?

©Bandai Namco Entertainment Inc.

吉江: はい、ただこちらも徹底的にリアルさのみを追求したわけではなく、例えばアンビエントを少し強めに表現するなど、ディフォルメしたところもあります。ウソには見えない程度に、親しみやすさみたいなところを感じてもらいたいと考えました。

中西: サウンドでもVRならではの表現を追い求めていました。実はこのプロジェクトのお話を伺う前から立体音響の技術研究を独自に進めておりまして、『サマーレッスン』のお話を聞いた時は、「そういう企画を待っていました!」と食らいつきましたね。

玉置: 中西さんとは別件の打ち合わせで同席しまして、立ち話で『サマーレッスン』の事を軽く触れたのですが、その場で立体音響技術に関する、非常に熱のこもったプレゼンテーションを受けまして(笑)。かれこれ1時間くらい、様々な提案などを聞かせていただき、「これはもう中西さんに入っていただく他はない」と思い、お誘いしました。

中西: そういえばそうでしたね、あまりにタイミングがドンピシャだったのでつい(笑)。先に話に出ました通り、デモ版の開発期間は2ヶ月しか無かったのですが、技術研究を進めていなかったら絶対に間に合いませんでした。

プレイヤーにはゲームらしさより、新鮮な体験を楽しんでもらいたかった。

大森: 個人的な興味で申し訳ないけれど、是非聞かせていただきたいのが、喫茶店についてです。なにしろ、ここで1時間過ごせそうと思うほどに居心地が良かったで。それだけリアリティがあるのでしょうね。

©Bandai Namco Entertainment Inc.

玉置: キャラクターの部屋以外に、プレイヤーのホームとなる場所を何か設定する必要がありました。(プレイヤー扮する家庭教師の)事務所だと味気ないし、自宅にするとプレイヤー本人が実際に住んでいる部屋との乖離が気になります。そこで、(家庭教師として)いつも利用している喫茶店、という設定に落ち着きました。

大森: 女の子と一緒の時間を過ごすというのは緊張しますからね(笑)。そこで喫茶店で一息つく時間がある事で、体験時間の中で緩急が生まれる。上手いやり方だと思いますよ。

松本: 別の空間を用意したのは、キャラクターと複雑なU.I.(ユーザーインターフェイス)を同居させたくないと言うのも大きな理由です。「カリキュラムを決めます」とか、「目標達成まで○○%」などといったコマンドや表示物が多くある空間に人物を同居させると、一気に「ゲームの中のキャラクター」に見えてきてしまうのです。

大森: なるほど、現実空間には無いはずのゲーム的な要素が、VR空間に没入する上では阻害にもなりうるわけですね。

玉置: 元々はゲームとして開発していたのに、試遊者からは「何だかゲームっぽい」って文句を言われた時期もありました(笑)。

松本: 玉置さんが悩んでいた事を覚えていますよ(笑)。自分が加入した時期は、ちょうど製品版をどう進めていこうかというタイミングでした。つまり、このコンテンツの主軸は「ゲーム」なのか「VR体験」なのかの岐路に居たと言いますか。

玉置: 製品化に向けた作業を進めた結果、「ゲーム」としての体裁はお客様に理解を頂くために必要だけれど、「キャラクターと一緒の空間を過ごす体験」を阻害するようなことは、例外なくあってはいけないというコンセプトでまとめられたので、今の形になったのです。

足音の1つもおろそかにしていない、サウンドの拘り。

大森: 細かい所の話も聞かせてください。先ほど、サウンドについては徹底的にリアリティに拘ったとの事でしたが、もう少し具体的に話していただけますか?

中西: 実在感を出したかったので、起こりうる物理現象をできるだけ再現するところに注力しました。例えば携帯電話を耳に近づけると、他の音が遮断されていくとか。着信バイブレーションも、テーブルの上に置いてある時と手に持っている時とでは音・振動を変化させています。

●中西 哲一(なかにし てつかず)
サウンドデザイナー/『サマーレッスン』サウンドディレクター。

自分から1メートル以内の範囲を、1センチ単位での音の違いを表現するかという試みは、初めての経験でしたので非常に難しかったです。単純な音量の変化だけではなく、周波数の減衰なども考慮しました。

大森: 例えば女の子が近づいたり離れたりといった位置情報をリアルタイムに計測して、音に影響させているわけですか?

中西: はい。距離による音量の変化は物理現象なのでシミュレートして鳴らすことは可能なのですが、それだけでは物足りなく感じました。より自然な距離変化を感じられるように、位置情報に応じて感覚的な調整や工夫を入れています。

山本: 位置情報の例を挙げますと、喫茶店のBGMはスピーカーの位置を決めて、その辺りから流れていると感じられるよう調整しています。

中西: もう少し補足しますと、スピーカーの位置以外にも、わざとちょっと離れた場所にBGMの残響音データを複数仕込むなど、「喫茶店の中にいる」というリアリティを得られるよう様々な細かい工夫と調整が入っています。

それから、音声収録もいろいろ実験しました。VR空間内はとても静かなので収録時のノイズを極力抑える必要がありました。またどんな距離感で収録すると効果的なのか前例はありません。そこで協力をお願いしたレコーディングスタジオのエンジニアさんへ、ありったけのマイクを用意してもらいまして、種類、数、並べ方に至るまで、VR向けの音源収録に適しているマイクや収録方法を検証しましたよ。

玉置: サウンドと言えば、キャラクターの心音にも拘りましたよね。実は、キャラクターにめり込むくらい近づくと、心臓の音が聞こえます。そしてそれは、声優さん自身の心音が音源なのです。

中西: さきほどのレコーディングスタジオに聴音機マイクという特注の品があると聞いたときに「これは!」とヒラメいてしまったのです。さっそく交渉しました(笑)。

大森: プレイヤーの夢を壊さないための配慮として、これは大々的にアピールしておいた方が良いかもしれませんよ(笑)。それはともかく、効果音一つ取っても非常に手間がかかっているわけですね。

中西: 効果音についても、従来のフォーリーサウンド※2と同じ手法ですと、膨大な作業量になることが想定されましたので、足音と服の衣擦れ音は、キャラクターのアニメーション情報を解析して自動生成する仕組みを作り上げました。これもあらかじめ進めていた技術研究が役に立ちました。

※2:フォーリーサウンド
人間が動作した時に生じる、「足音」「衣擦れ」「触れたものの音」などのさりげない物音。様々な道具を使って映像に合わせて演技したものを録音する手法が一般的。

松本: 途中で、衣装の着せ替えという大きな仕様を入れましたが、その技術が無ければ服を着替えると音も変わる仕様の実装は諦めていたと思います。

大森: 私は、サウンドってゲームの中では比較的苦労が報われづらい分野だと思っていました。家庭ではそうそう音量を上げられませんし、ゲームセンターでは周りの音にかき消されます。スマホに至っては音無しでプレイする事も多いです。しかし、VRではサウンドが頑張った分だけ、リアリティという最も重要な要素をどんどん底上げし、プレイヤーはその恩恵を文字通り肌で感じられるのですね。

玉置: 通常のゲーム開発では、サウンドは全工程の終盤に着手する事が多いですから、色々と割りを食いやすい立場にあるのですけどね。しかし、リアリティを追求する上でサウンドを軽視できないことはわかっていましたから、最初からリソースは大きく割く方針でした。


『サマーレッスン』

サマーレッスンとは

『サマーレッスン』は、2014年の発表以降、キャラクターとのコミュニケーションをお楽しみいただける PS VR の技術デモとして各地の体験会に出展してまいりました。プレイヤーは PS VR の VRヘッドセットを装着することで、360 度全方向が 3D 空間に囲まれ、 違う世界に入り込んだような没入感と、まるでキャラクターが本当に目の前にいるかのような、かつてない臨場感をお楽しみいただけます。 3D 空間内のキャラクターは、プレイヤーの目線や体の動きなどの仕草を観察して様々な反応を返します。例えば、会話の最中にプレイヤーがよそ見をすると怒ったり、急に近づこうとするとキャラクターが驚いて避けたりといった人間らしい反応を見せます。また、キャラクターの質問に対し、プレイヤーが首を上下・左右に振ることで、「Yes」「No」の 意思表示ができ、コミュニケーションをとれることも、本デモの特徴としてご好評をいただいておりました。 至近距離にそのキャラクターがいるかのような臨場感とともに、ゲーム内のキャラクターとふれあい・コミュニケーシ ョンを取るという、新たな形のエンターテインメント体験をご家庭でもお楽しみいただけるよう、発売に向けて開発を進めてまいります。

○『サマーレッスン』公式Webサイト
http://summer-lesson.bn-ent.net/

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