インタビュー

#04 現実世界をゲームの世界に変える、ミックスド・リアリティ(MR)

HoloLensを装着したプレイヤーが見るMRの世界

最近話題のバーチャル・リアリティ(VR)。視界いっぱいにゲームの映像を表示して、まるでゲームの世界に入り込んだような体験ができる技術です。大好きなキャラクターのいる世界を訪ねて会いにいくことも可能です。
では、逆にゲームの世界のキャラクターがあなたの部屋に訪ねてくるとしたら?
大好きなあのキャラクターが目の前の現実世界に現れる。そんな夢物語を現実感たっぷりに体験できるのがミックスド・リアリティ(MR)と呼ばれる複合現実の技術です。MRではプレイヤーが見ている現実世界の風景の上に重ねて映像を表示しますので、視界を完全に遮断してゲームの世界に没頭するVRとは異なり、まるで現実空間にゲームのキャラクターや物体が実体化したような感覚を体験できます。
こんな面白い体験ができる技術をバンダイナムコスタジオが放っておくわけがありません!MRで世界を面白くする取り組みがすでに始まっているのです。ここでは、その取り組みの一例を紹介します。

岩田 永司(いわた えいじ)
リサーチエンジニア
2011年バンダイナムコゲームス(現バンダイナムコエンターテインメント)入社。内製ミドルウェアと家庭用ゲーム開発に従事。現在はAR/MRやVR等の新規分野における技術研究と試作開発を行っている

パックマンが現実世界を侵食する?

『パックマン』といえば、1980年の誕生以来世界中で愛されてきました。それから数十年を経た2017年、バンダイナムコグループの取り組みの中で、バンダイナムコスタジオが研究開発したMR技術によってパックマンを現実世界で実体化しました。
舞台は2017年9月にオーストリアの都市リンツで開催されたアルス・エレクトロニカというイベントの屋内会場と、東京池袋にあるナムコが運営する屋内テーマパークのナンジャタウンで2018年1月15日からの期間限定のアトラクションです。
もちろん、実体化したパックマンをただ見るだけではありません。ゲームとして遊べるのです!このゲームでは、MRの技術で現実世界に実体化したパックマンのステージの中で3人のプレイヤーが協力し、動き回るゴーストを避けながらすべてのクッキーを食べ尽くします。そのゲームの名前は『PAC IN TOWN(パック イン タウン)』。MRデバイスを国内のテーマパークで初めて応用するなど、現実世界でパックマン自身の視点で遊べるパックマンです。

『PAC IN TOWN』を作る。

『PAC IN TOWN』を実現するためには、達成すべき2つの技術要件がありました。

  1. 3人のプレイヤー全員と、それを周囲で見ている人たちに、現実世界に実体化したパックマン世界の映像を見せる。
  2. 3人のプレイヤーがそれぞれ部屋の中のどこにいて、どの方向を向いているか、ゲームシステムが常に把握する。

プレイヤーと周囲の人たちがMRの体験を共有できる映像表示

この2つの技術要件の達成に必要な機能の多くを備えているのが、Microsoft HoloLens※1です。
HoloLensは頭に装着する機器で、複数のセンサーで周囲の環境を認識し、同時にプレイヤーの頭の位置と向きも常時把握します。その頭の動きに連動してゴーグルのような透明なディスプレイに映像を表示することで、まるでSF映画に出てくる「ホログラム」のように、部屋の中の特定の場所にゲーム世界の物体が実体化したように見えるのです。
ただし、HoloLensにも弱点があります。それは、HoloLensを装着した人にしか映像が見えないということです。周囲で見ている人たちは、プレイヤーが何を見て盛り上がっているのかわからず、感動を共有できません。この弱点を補うために、動画カメラを部屋に設置し、部屋の映像と実体化したパックマン世界の映像を合成し、大きなディスプレイ上で表示することにしました。ただし、このカメラもプレイヤーとパックマン世界の位置関係を認識できるものでなければ、双方の位置関係を正確に反映できずに不自然な映像となってしまいます。そこで、位置関係の整合性をとるのに必要な情報がとれるKinect※2 を使い、プレイヤーの見ている世界と周囲の人が見ている世界がなるべく一致するように合成しました。あとは、3台のHoloLensの情報を集約・共有する通信システムを構築すれば『PAC IN TOWN』のMR技術は完成です!

MRをもっと面白くする工夫

体をいっぱい動かして遊ぶMRゲームのプレイヤー

画面に収まっていたゲームの世界をMRによって現実世界に解き放つ試みはまだ始まったばかりです。より面白くしていくためには、今までのゲーム作りにはなかった工夫が必要です。

例えば制作の工夫。『PAC IN TOWN』では特定の場所で遊ぶことを想定しており、現地に合わせた調整が必要なのですが、頻繁に現地に行くことは困難です。そこで、HoloLensを使って現地の環境を事前にスキャンし、ゲーム制作ツール上で再現することで、どこにいても現地で作業しているかのような開発態勢を確立しました。

また、現状ではHoloLensのようなMR装置は映像の表示範囲が狭く、視界の一部にしか映像を表示できません。空中に浮いた窓のような表示範囲を外れると、実体化した映像が観えなくなってしまうのです。表示範囲の拡大には装置自体の改善が必要ですが、ゲーム制作の工夫によっては視野の狭さが問題ではなくなります。例えば、

  • プレイヤーが重要な場所を見るように誘導する視線誘導
  • 逆に、ゲーム内のオブジェクトがプレイヤーの視界内に収まるように移動する仕組み
  • 狭い視界が不利にならないゲームデザイン

といった工夫です。

今回の『PAC IN TOWN』をはじめ、私達は様々なMRゲームを作りながら、次はもっと面白くできるよう、こうした新たな工夫や表現を模索しています。人によっては、そんなに急がず、もっとMRの基礎技術が進歩してから利用すれば良いと考えるかもしれません。しかし、かつてパックマンは今よりずっと性能の限られたコンピューターやディスプレイの制約の中で生まれて世界を熱狂させました。MRも、伸び盛りの新しい技術だからこそ生み出せる新鮮な感動と熱狂があるはずです。

空想を現実のものにしていく。これはMRの面白さの核であると同時に、何かを創造する行為そのものでもあります。私達が、空想を空想として終わらせず、現実を変えようとする創造的な情熱を持つならば、MRは今後もっと面白く成長していくことでしょう。

※1 Microsoft、HoloLens は、米国 Microsoft Corporation の米国及びその他の国における登録商標または商標です
※2 キネクト, Kinect は米国Microsoft Corporation および/または その関連会社の商標です


『PAC IN TOWN(パック イン タウン)』

バンダイナムコグループ「ナンジャタウン×MRプロジェクト」のアトラクション。MR 技術を用いたアトラクションの研究開発をバンダイナムコスタジオが担当し、テーマパークの企画運営をナムコがプロデュースしています。
Microsoft HoloLens を使用してナンジャタウンに等身大の迷路が出現。プレイヤー自身が『パックマン』となり、仲間と共に、制限時間内にゴーストを避けながら全てのクッキーを食べる、世界的人気ゲーム『パックマン』の世界に没入できるアトラクションです。
PAC-MAN™&©Bandai Namco Entertainment Inc.

 
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