インタビュー

「屋内砂浜 海の子」ができるまで (前編)

*『屋内砂浜 海の子』は株式会社バンダイナムコエンターテインメントの製品です。

「開発エピソード」では、クリエイター集団である「バンダイナムコスタジオ」が生み出してきた製品のコンセプトからサウンドやビジュアル、テクノロジーなどを、インタビュー形式でご紹介します。


バンダイナムコスタジオの技術系トップである大森(執行役員)がインタビュアーとして、製品開発をしたプロジェクトメンバーへ質問をしながら、開発エピソードを聞き出します。

第一弾として今回ご紹介する『屋内砂浜 海の子』は、最新テクノロジーを活用して、大自然での遊びが屋内で楽しめる、新しい遊び場を提供するプロジェクトから生まれたコンテンツです。海や波をプロジェクションマッピングで表現しながら、お魚をすくったり、裸足で砂を踏む気持ちよさを感じられるなど、屋内にいながら家族で海遊びの体験ができます。

「屋内砂浜 海の子」紹介ムービー

■大森 靖(おおもりやすし)
インタビュアー
バンダイナムコスタジオ 執行役員

大森: お集まりいただきまして、ありがとうございます。本日は『屋内砂浜 海の子』について、お話を伺わせていただきたいと思います。バンダイナムコエンターテインメント(以下、BNE)が展開している『屋内砂浜 海の子』は、バンダイナムコスタジオ(以下、BNS)が開発を担当しています。今回は開発側からのお話をお聞かせ願いたく存じます。まず、どんな製品なのかを教えていただけますか?

海に行かずとも、海遊びをさせてあげたい!

高橋(徹): 屋内の一面に敷き詰められた砂場に、南国の海辺を映像と立体音響で再現したバーチャルリアリティコンテンツです。裸足で感じる海の砂の冷たさ、泳ぎまわる魚を追いかけてすくう面白さなど、本物の海辺ではしゃぎ回る楽しさを、手軽かつ安全に体感できるようになっています。

本山: ナムコが運営するららぽーと海老名の「あそびパークPLUS」で、2015年10月にオープンして以来、売上も良く、お客様から高い評判を得られております。メディアにもよく取り上げていただきました。現在は国内8店舗で運営しており、本年秋ごろには海外にも進出する予定があります。

大森: 『屋内砂浜 海の子』を作ることになったきっかけなども説明してもらえますか?

高橋(徹): はい。まず、どんなお客様に向けたコンセプトなのかを説明させていただきます。
我々がふだん開発しているアーケードゲーム製品が置かれているゲームセンターは「親子」のお客様が多いのですが、今までゲームセンターに足を運んだことのない親子のお客様にも来てもらえる、新たな遊びを作りたいと考えました。

●高橋 徹雄(たかはしてつお)
プロデューサー
コンセプトメイク、プロジェクト運営を担当

どんな親子でも楽しんでもらえる体験ってなんだろう? 例えば、「夏に家族揃って海に行くこと」って誰にとっても楽しいけれども、親の立場から考えると大変です。楽しさはそのままに、この大変さを解消出来たらみんな行くのでは、と考えまして。そこで、「気楽に行ける屋内の遊び場で濡れずに海遊びができる」というコンセプトを立ちあげ、BNEとともにブラッシュアップしました。

さらにそこから、最新テクノロジーを活用して大自然での遊びが屋内で楽しめる、新しい遊び場を提供する「地球で遊ぼう!」プロジェクト※1として包括的なコンセプトをBNEに考えて頂きました。『屋内砂浜 海の子』は同プロジェクトの第一弾となります。

※1:「地球で遊ぼう!」プロジェクト 参考プレスリリース

大森: なるほど、最初に「我々はこういうものを作りたい」というところからスタートしたわけですね。

高橋(徹): はい。加えて、BNEから「実はナムコの方で全く新しい切り口の施設を作ろうとしている」ことを聞きまして、そこから一気に製品化する話が進みました。

大森: 珍しい展開ですね。
普通は、「こういった物が欲しい」「作ってくれないか」という具体的な依頼がまずあって、それに対して「私達ならこんなことができますよ」と応えるので。言ってしまえば逆のパターンかと。

最初はリズムアクションゲームだった!

大森: 「屋内で、家族で気軽に楽しめる海遊び」というコンセプトの立案に至った経緯を、もう少し詳しく説明していただけますか?

本山: アーケードゲーム市場の将来を視野に入れた新しい製品像をテーマに、組織全体で様々な企画立案を行いまして、その中の1つが『屋内砂浜 海の子』です。当初は別のタイトルで、子どもが雨上がりの公園で水たまり遊びをしている様子を観察していて発想した「足で水たまりを踏む、気持ちのいい水遊びアクションによるダンスリズムゲーム」を提案しましたところ、各所で好評でした。2014年5月ごろの話です。

大森: ええと、そんなに昔の話じゃないですね。

本山: はい。しかし、「水遊びアクションによるプリミティブ(原始的)な気持ちよさを、足元で体感させるには何が必要なのか?」を考え始めたところで行き詰まりました。さすがに本物の水を使うわけには行きませんので。

●本山 博文(もとやま ひろふみ)
ディレクター
コンテンツ全体のディレクションを担当

それから5か月考え、「足で踏む気持ちよさってなんだろう?」と立ち返ってみまして。「裸足で砂を踏む」ことなら、プリミティブな気持ちよさを足元で体感できるのではないかと思い至りました。

「裸足で砂を踏む気持ちよさ」については、すでにナムコが屋内砂場の「あそびパーク」で実現していました。さっそく子どもを連れて体験したところ、子どもは楽しそうだし、何よりひんやりした砂の感触がとても心地よかった。これこそが「足裏に感じるプリミティブな気持ちよさ」なのではないかと。その実体験に基づいて立案した企画が、前身となる「ビーチパラダイス(仮称)」です。砂を敷いたゲーム筐体を複数台横に並べると、連結して南国のビーチに見える、というリズムアクションゲームでした。

大森: この時点ではまだ、ゲームだったのですね。リズムに応じて点数を稼いで……みたいな感じで?

本山: はい。2015年1月に、アーケード向けのリズムアクションゲームとして企画にGOサインが出て、プロジェクトチームを編成し、技術研究をスタートしました。同時に、「波打ち際で寄せたり、引いたりする波と戯れる遊び……波に濡れないようにさける遊びなど」を表現したいと思いましたので、砂の上にプロジェクションマッピング※2で「海」を表示する研究も始めていました。「あそびパークPLUS」の連動製品としても検討を始めたのが、2015年4月ごろです。

※2:プロジェクションマッピング(Projection Mapping)
=建物などの実在する物体に、映写機などで映像を投影し、実際にそこに描いてあるかのように演出する技術

 

開発期間、5ヶ月!?

本山: 2015年5月ごろ、「そろそろ製品化に向けて動きましょう」という段階になり、BNEからナムコにプレゼンして頂きました。ナムコはららぽーと海老名に大きな砂場を入れる予定があり、何かプラスアルファのアイディアを求めているところでした。プレゼンの後すぐにBNEと共にナムコと再度打ち合わせを行い、「砂の上にプロジェクションマッピングで海を表示する」「波打ち際で寄せたり、引いたりする波と戯れる遊び……波に濡れないようにさける遊びなど」の海遊びの企画や技術に関して説明しました。

プレゼンの1週間後には「ららぽーと海老名に設置したいけど作れますか?」との連絡をBNEからいただきまして。オープン予定が2015年10月中、この時点で残り5ヶ月しかありませんでした。

大森: 5ヶ月!(笑)  機械製作と設置を含めてですよね。普通は即答できないですよね。

渡辺: あくまでまだ技術研究の段階でしたので、この時点では、実現はちょっと厳しいかなと思っていました。

難問が次から次へと……どう乗り越えましたか?

大森: では、技術的な話をお願いします。
まずは動体検知の方法を模索するところから入ったのでしょうか?

渡辺: 動体検知と言うよりは、「地面を踏んだタイミングを取る」必要がありまして。色々検討した結果、Kinect※3を採用しました。『屋内砂浜 海の子』では当初、子どもが自分の手で魚をすくう仕様があり、それもKinectを採用した理由の1つです。

※3:Kinect
=マイクロソフト社から発売されている、ジェスチャーや音声認識で操作を可能とする非接触型コントローラー。
※キネクト, Kinect は米国Microsoft Corporation および/または その関連会社の商標です。

●渡辺 和也(わたなべかずや)
リードプログラマー
アプリケーションのプログラミング担当

大森: なるほど。手の位置を検出するのに、Kinectは有用ですね。そのKinectは、どこに設置してあるのですか?

小林: 天井です。プロジェクターの間にあります。

大森: そのプロジェクターについても、設置と調整には色々と工夫が必要だったのではないですか?

石井: はい。複数のプロジェクター映像をつなげないといけないのですが、工夫なしではつなぎ目の部分が不自然になってしまいます。映像同士の明度差も考慮しつつ補正して、自然に馴染むように調整しています。

大森: その補正はハードウェアでやっているのでは無くてソフトウェアでやっているのですか?

渡辺: はい、BNSで開発したソフトウェアで制御しています。

大森: 上方にプロジェクターを設置するための梁なども、BNSでやっているのですよね?

小林: 設計などはBNSで担当しました。

渡辺: プロジェクターは合計8台使っていますが、描画面積と処理速度の都合で、制御するためのPCを4台使用しています。

大森: 複数台のプロジェクターとPCで1つの大きな映像(海面)を映す、となると同期を取るための通信技術も大変だと思います。従来技術、ノウハウなどはあったのですか?

渡辺: 特に無かったです。一から調べながら作るような形でした。

大森: 少し話は戻りますが、技術研究初期の頃に比べると、ゲームであることより、「見る」とか「体感」させる側面の強いコンテンツに進んだわけですよね。その一方で、遊んでくれるお客様にはインタラクション※4性も提供したい。その方向性に決まってからは、作業はスムーズに進んだのでしょうか?

※4 インタラクション
=ゲームなどにおいて、プレイヤーの行動に応じて状況が変化すること。

本山: いえ、途中途中でも技術的な課題があって、難航しました。まず、子どもが自分の手の平で魚をすくう、これを実現することが非常に困難でした。人の「手」を検知しなければならないのですが、なかなか思うとおりにならない。

高橋(徹): 手の上に魚を投影すると、肌の色と混ざり合っておかしく見えるとか。問題は多かったです。

難題突破のヒントは受付嬢!?

石井: 開発期間が少なくなりつつある中、魚をすくうための動体検出には、「受付小町」※5のプロジェクションマッピングで動きの検出に使っている「円環マーカー」を応用できないかな、と考えました。

※5 受付小町
=BNS本社の受付に設置されているロボット。簡単な受付業務を担当する他、プロジェクションマッピングで桜の花びらなどの模様を衣裳として、動きに合わせての投影を実現している。

●石井 源久(いしいもとなが)
エンジニア兼プログラマー
プロジェクションマッピングやセンシングの原理試作などを担当

大森: BNS本社受付にある「受付小町」ですか。本当に色々なところから持ってきていますねえ。(笑)

石井: 他のアイディアもあったのですが、すべてを試している時間はありませんでした。人の手の検出方法や人肌への投影で色味が変わる課題に対して、大きな改善が期待できるのであれば、手に何かを持っても良いという話も出始めていました。

本山: 実は、手ですくった魚があばれてブルブル震える触感刺激を手の平に振動を伝えて実現したい、という演出プランもあったので、その振動デバイスをお客様に持ってもらう事も検討していました。

石井: 「受付小町」では、最初はイヤリング部のライトで動きを検出するようにしたのですが、プロジェクターが当たっている中での検出は「光の中の光」を探すようなもので、精度が良くありませんでした。そこで、よく観察すると、ライトの周りがくぼんでいてそこに円環状の影ができている。その影を検出条件に入れ、「光の中の影」を探すようにすると精度がかなり上がりました。

『屋内砂浜 海の子』でも、プロジェクションしている中での検出になるので、お皿の縁の部分を黒にして明暗の差を使って検出するようにしています。また、ある程度の円環の大きさの変化にも対応できるようにし、広範囲で多数の円環を検出できるように高速化を行いました。

本山: 実際の海遊びと同じく、子どもたちに、「自分のすくった魚は自分のもの」として認識してもらいたかったのですが、この手法ですと、どのお客様がどの魚をすくったのかを一対一で紐づけることができません。しかし、実際に遊んでいる子どもたちを観察すると、「魚をすくう」行為自体を楽しんでいることがわかりまして、自分の魚かどうかは気にしていませんでした。結果的には、「自分がすくった魚」の認識はできなくても良かったと考えています。

高橋(徹): そこは実際に子どもが遊んでいる現場を見てみるまで、こちらが勘違いしていたと思います。
子どもにとっては、魚を一匹すくった時点で一区切りついてしまうのですね。その瞬間から、子どもはもう次の魚を探している。重要なのは、「すくった魚をじっくり見せる」ことではなく、次にすくう魚を追わせてあげる、そのレスポンスでした。

大森: 人の手の動体検出に難航していたとは言え、アプリケーションの方は、「魚をすくう」前提で準備を進めていたのですよね?

渡辺: はい。位置座標を取得した後の対応処理などは進めてありました。
最初は、皿の上で数秒キープしないと「魚をすくった」結果にならない仕様となっていましたが、そこはレスポンス重視の改良を加えまして、約0.3秒に設定しています。

高橋(徹): レスポンスが悪かった頃の子どもの反応は、今思い出しても恐ろしいです。『屋内砂浜 海の子』に入ってくれたのに、早々に飽きて、(「あそびパークPLUS」の)他の遊具に行っちゃったりして。しかしレスポンスの改善後は、みんな魚をすくうことに夢中になっていた様子でした。

本山: 我々が想像していた以上に、子どもにとっては「魚をすくう」ことは、海遊びの中でも体験値が大きく上がる要素だったのです。


今回登場したプロジェクター技術、画像認識技術につきましては、弊社技術紹介ページ「てくラボ」に記事を掲載しております。是非ご覧ください。

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